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    ニャンリーの旅 

猫の飼育ガイド
猫が好きな人 知っていると飼いやすい

第一章    出会い

その日、しげは足を止めた。

夕暮れは、いつも少しだけ世界をやさしくする。
西の空には淡い光が広がり、空気そのものがゆっくりと色を変えていくようだった。

古い寺が、その光の中に静かにたたずんでいた。

門は開かれている。
けれど、人の気配はない。

石段は長い年月を経て、角が丸くなっていた。
踏みしめられてきた時間が、そのまま形になったように見える。

しげは、ゆっくりと一段目に足を乗せた。

靴の底が石に触れる、小さな音。
それだけが、やけに大きく感じられた。

二段、三段と上がるごとに、周囲の音が遠ざかっていく。
さっきまであったはずの、街の気配が消えていく。

石段の脇には、細い竹林が続いていた。
背の高い竹が、空に向かってまっすぐに伸びている。

風が吹いた。

竹の葉が触れ合い、さらさらと音を立てる。
その音は軽く、どこか乾いていて、長く尾を引いた。

しげは足を止めた。

音は、ただの風の音ではなかった。
何かが混じっているように聞こえる。

耳を澄ます。

だが、すぐにそれは消え、また普通の風の音に戻った。

しげは何も言わず、再び歩き出した。

石段の途中で、ふと振り返る。

来た道はすでに影に沈み、さっきまで見えていた景色が少しだけ遠くなっていた。

再び前を見る。

寺はすぐそこにあるはずなのに、なぜか距離が測れない。
近いようで、遠い。

風がまた吹いた。

竹の葉が揺れる。

そのとき、石段の端に、小さな影が揺れた。

しげは視線を落とした。

何もいない。

気のせいかと思い、そのまま歩こうとした。

だが、次の瞬間、はっきりとそれは現れた。

一匹の猫が、石段の途中に座っていた。

いつからそこにいたのか、わからない。

黒と白の毛並みが、夕暮れの光の中でやわらかく浮かび上がっている。

猫は動かない。

ただ、じっとしげを見ていた。

その目は、どこか静かすぎた。

しげは立ち止まった。

猫も動かない。

風だけが、竹林を揺らしている。

しばらくして、猫がゆっくりと立ち上がった。

足音は、ほとんどしない。

そのまま、石段を一段上がる。

そしてまた一段。

振り返ることもなく、寺の奥へと向かって歩いていく。

しげはその背中を見ていた。

猫は、まるでここにいることが当然であるかのように、迷いなく進んでいく。

やがて、その姿は少しずつ遠ざかり、影の中へ溶けていくように見えた。

風が、また吹いた。

竹の葉が重なり、音が深くなる。

しげは、ゆっくりと一歩を踏み出した。

石段に足を乗せる。

その音は、先ほどよりもはっきりと響いた。

もう一度、猫のいた方向を見る。

すでに姿は見えない。

だが、道はそこに続いている。

しげは、石段を上り始めた。

一段、また一段。

寺の中へと、静かに足を進めていく。

夕暮れの光は、少しずつ薄れていた。

それでも、竹の葉の音だけは変わらず続いている。

その音に導かれるように、しげは歩き続けた。

やがて、寺の入り口にたどり着く。

中は暗く、奥は見えない。

風が、背後から吹き抜けた。

竹の音が、少しだけ強くなる。

しげは立ち止まり、ほんのわずかに視線を奥へ向けた。

その先に、何があるのかはわからない。

だが、石段はまだ続いている。

しげは、何も言わずに、寺の中へと足を踏み入れた。

その瞬間、外の光がわずかに遠のいた。

風の音だけが、静かに残っている。

そして、どこか遠くで、かすかな気配が動いた。

――ニャンリーの旅は、ここから始まる