猫が好きな人 知っていると飼いやすい
第一章 風の中の出会い
その日、しげはなぜか足を止めた。
夕暮れは、いつも少しだけ世界をやさしくする。
空はゆっくりと色を変え、西の空には淡い黄色が広がっていた。
古い寺の屋根がその光を受けて、静かに影を落としている。
石段の脇には細い竹林があり、風が吹くたびに葉と葉が触れ合う音がした。
さらさらと、遠くで誰かが小さく囁いているような、そんな静かな音だった。
しげは、その寺の前で立ち止まった。
なぜここへ来たのか、自分でもはっきりとはわからない。
仕事の帰りに、ふと足が向いただけ。
そう思おうとしたが、本当は少し違っていた。
胸の奥に、言葉にならない小さな揺れがあった。
何かを探しているようで、何を探しているのかはわからない。
ただ、ここへ来なければならない気がしたのだ。
そのときだった。
足元に、小さな影がふっと揺れた。
しげが目を落とすと、一匹の猫が石段の途中に座っていた。
黒と白の毛並みを夕暮れの光ににじませながら、じっとこちらを見ている。
不思議と、その目はただの猫の目には見えなかった。
「……おまえは、誰だ?」
猫は答えない。
けれど、風がまた竹を鳴らした瞬間、猫はゆっくりと立ち上がり、寺の奥へと向かって歩き出した。
まるで、ついて来いと言っているようだった。
しげはしばらくその背中を見つめていた。
そして、気がつくと静かに一歩を踏み出していた。
その一歩が、これから始まる旅の最初の一歩になることを、
まだしげは知らなかった。